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#25 坐禅と站椿功について

更新日:2020年12月13日

昨日の12月8日は「成道会」といってお釈迦様が悟りを開いた日だそうです。

伝説ではお釈迦様は悟りを開くために菩提樹の下で坐禅瞑想に入り、ついにこの世界の真理を悟り、「ブッダ(悟った者)」となったとされています。

このお話はおなじみで多くの方の知るところだと思いますが、私が思うポイントはなぜ「坐禅」なのか、というところです。


「悟り」が思考や精神の世界の問題ならば「坐禅」をする必要はなく、椅子に座っていても、横になっていても問題はないと考えられます。にもかかわらず「坐禅」をしたということは、やはりその身体の状態が必要だったということになります。


周知の通り「坐禅」はあぐら、正確には「結跏趺坐」という両足を交互に組んだ状態で座り手は手印を組み、背筋を正した状態を維持します。その上で心を静かに保ち、「無心」となることを目標とします。最近では坐禅修行は一つの流行として静かな人気を博しているようですね。


気功や武道では站椿功、すなわち「立禅」を主に行いますが、私の考えでは仏教修行での「坐禅」も本質的には同じことをしていると考えています。

それは強制的に「丹田」を作る、ということです。

多くの人は「坐禅」の姿勢はキツいと思うはずです。しかし長時間行っているうちに疲れた体が本能的に最も楽で安定する場所を試行錯誤しながら見つけていくのです。

そしてその安定する状態こそ、丹田に体重が全て乗り、尚且つ重力線と丹田が一致した状態です。

この時、自分の重さは消え、何時間でも「坐禅」ができるようになります。そして姿勢を無理して維持する必要がなくなるため体の力が抜け、さらには思考の力も抜けます。このプロセスが「無心」につながるものだと私は考えています。仏教修行ではこの状態を強制的に体験させるために、それこそ毎日、ものすごく長い時間坐禅を行うのだと思うのです。


真摯に修行をしているお坊さんたちは皆健康で強靭です。それは日々の坐禅修行による丹田の育成が大きな理由だと思っています。そういう意味では武術の鍛錬と非常に通じるものがありますね。


站椿功(立禅)もいいですが、家の中や仕事の合間に「坐禅」をするのもおすすめです。余計な理屈は考えず、安定箇所を探しながら静かに座るだけで「肚(丹田)」を作るトレーニングになりますよ。ちなみに慣れないうちはお尻の下に座布団を入れて腰が上がるようにすると正しい姿勢になり効果的です。下記のような座禅専用クッションも大変おすすめです。


本日も最後までご覧いただき有り難うございました。

忙しい日常の最中でも、少しは「無心」になれるゆとりも持っていたいですね。グッドラック!

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